【知らなかった!】国府宮神社と真清田神社の意外な関係性|稲沢・一宮の歴史



こんにちは、稲沢あんしん不動産の佐藤です。
今日は少し趣向を変えて、私たち稲沢・一宮エリアの歴史についてお話ししたいと思います。
実は先日、一宮七夕祭りのブログを書いていた時に、 ふと疑問が湧いてきました。

「真清田神社と国府宮神社って、どんな関係なんだろう?」と。
稲沢で不動産業をしている私も、 正直なところ詳しく知りませんでした。
せっかく調べたのですが、 知らないことが色々ありました。
せっかくなので、 今回はその調べた内容をブログに書いておこうと思います。
興味がある方はどうぞ。
現代人が誤解している「神社」の本当の姿

まず、私たちが普段思っている「神社」のイメージと、 昔の神社の役割は全く違うということをお話しします。
現代の私たちは神社というと
- 神様がいて、お願いごとをする場所
- スピリチュアルな聖域
- 個人的な信仰の場
こんなイメージを持っていますよね。
でも実は、平安時代の神社は
- 政治と密接に結びついた重要な場所
- 国司(地方官)が公務として参拝する場所
- 地域の有力者との関係を築く拠点
つまり、現代人が思う「純粋な信仰の場」とは違って、 政治的な役割も大きな場所だったんです。
国司(こくし)って何?現代で言う県知事のような存在

ここで重要な登場人物が「国司」です。
国司とは、 平安時代に朝廷(天皇)から派遣された地方官で、 現代で言うところの県知事のような存在でした。
- 京都から赴任してくる単身赴任者
- 任期は約4〜6年
- 主な仕事:税の徴収、裁判、神社の管理
一宮・二宮・三宮システムって何?

国司の重要な仕事の一つが「神社参拝」でした。
でもこれは現代人が思うような信仰心からではありません。
当時は「神様の力で国を治める」という考え方があり、 地元の有力神社にお参りすることは国司の重要な公務でした。
これには複数の意味がありました
- 神のご加護(宗教的側面)
- 地元豪族との関係づくり(政治的側面)
- 地域把握(実務的側面)

これは単なる信仰ではなく、地域の神(と豪族)への挨拶であり、政治的な意味合いが強いものでした。
国司は着任後、決められた順番で神社を回る必要がありました
- 一宮(Ichinomiya):真清田神社
- 二宮(Ninomiya):大縣神社
- 三宮(Sannomiya):熱田神宮
「一宮」とは、その地域で最も格式が高い神社に与えられる称号です。
これが「一宮・二宮・三宮システム」です。
一宮市の名前の由来は、まさにこの「尾張国一宮」である真清田神社があることから来ています。毎年7月に開催される一宮七夕まつりも、この真清田神社を中心に行われる大きなお祭りです。
国司の本音「全部回るの面倒くさい…」

ところが実際問題、国司にとってこの神社巡りは大変でした。
尾張国(現在の愛知県西部)は広く、 すべての大社を順番に回るのは時間も手間もかかります。
多忙な国司にとって、 この神社巡りは大きな負担でした。
そこで考え出されたのが 「総社システム」でした。
総社=神社参拝の効率化システム

総社とは、国内の神々(一宮、二宮、三宮など)を一箇所にまとめて祀った神社のこと。
国府(当時の役所)の近くに建てられました。

つまり
- BEFORE(従来): 一宮→二宮→三宮→その他…と順番に回る(大変そうな国司の顔)
- AFTER(総社導入後): 総社1ヶ所だけお参りすれば完了(笑顔の国司)
この画期的なシステムにより、国司は公務を効率的にこなせるようになりました。
これが国府宮神社の重要な役割の一つでした。
ただし、これは単純な効率化だけでなく、 地域の神々の統合管理という 政治的・宗教的な意味合いも持っていました。
日本は昔から神様がたくさんいますからね。
真清田神社と国府宮神社の関係性

整理すると
真清田神社(一宮市)

- 尾張国一宮
- 役割:格式の象徴(Symbol of Status)
- 本来、国司が最初に参拝すべき最高位の神社。
国府宮神社(稲沢市)

- 尾張国総社
- 役割:実務の拠点(Hub of Function)
- 国司が効率的に公務を行うための政治的・実務的な中心。
つまり:
- 真清田神社 = 格式の象徴
- 国府宮神社 = 実務の拠点
国府宮神社一つで、ほかの神社も回ったことにする という説明を聞いて 「えっ!神様の扱いって、そんな雑でいいの?」 と思われたかもしれませんが 神社の存在が、昔と今の私たちの理解とでは ちょっと違うんですね。
国府宮神社は現在も、はだか祭(儺追神事)で全国的に有名です。毎年冬に行われるこのお祭りは、尾張地方を代表する伝統行事として多くの参拝者が訪れます。
「神様」の正体は土地のパワー

さらに興味深いのが、 これらの神社で祀られている「神様」の正体です。
国府宮神社の祭神「尾張大国霊神(おわりおおくにたまのかみ)」は、人格を持った神様ではありません。
その正体は、尾張の土地そのものが持つ力(霊力)です。
人々が土地に感謝し、畏敬の念を込めて神と崇めたものなのです。
これは現代人が思う「人格を持った神様」とは全く違います。
土地への感謝と畏敬の念を表したものなんですね。
神社参拝の本当の意味

この理解を踏まえると、神社参拝の本当の意味が見えてきます。
現代の参拝(お願い): ❌「○○が叶いますように」
本来の参拝(感謝): ⭕「この土地で生活させていただき、ありがとうございます」
私も稲沢で不動産業を営んでいますが、 国府宮神社へのお参りは
「この土地で商売させてもらって、ありがとうございます」
という感謝の気持ちを伝えに行くことなんだと、 知ってはいましたが、 改めて理解を深めました。
国府宮神社では年間を通じて様々な行事が行われています。夏には除疫祭並輪くぐり(茅の輪くぐり)、春には桜まつり、正月には大鏡餅奉納や大鏡餅餅切始、そして盆踊り大会や馬まつりなども開催されています。
また、国府宮神社の参道では、いなざわ植木まつり・グリーンマルシェや全国陶器まつり、稲沢まつりなども開催され、地域の賑わいの中心となっています。
まとめ:稲沢・一宮エリアの奥深い歴史

今回調べてみて分かったのは
昔の神社は政治の重要拠点だった。
- 真清田神社は格式のトップ(一宮)。
- 国府宮神社は実務の中心(総社)。
- 神とは土地の力であり、参拝は感謝を伝える行為。

稲沢・一宮エリアは、古代から続く政治・行政の重要な拠点でした。 私たちの足元に眠る深い歴史に、これからも想いを馳せてみませんか。
稲沢市では、国府宮神社以外にもあじさいまつりやいなざわ梅まつり、サンドフェスタ、秋にはそぶえイチョウ黄葉まつりなど、四季折々のイベントが開催されています。こうした伝統行事やイベントの豊富さも、稲沢市の魅力の一つです。
私が、これまでの経験を活かして 稲沢で開業し、 国府宮神社から徒歩1分という立地を選んだのも、 もしかすると「土地の力」に導かれたのかもしれません。(そんな訳はないですね。と突っ込まれますね!)
調べてみて、 なんとなく分かってたような分かってないような 真清田神社と国府宮神社の歴史的な関係が やっと少し理解できました。




